プリツカー賞は毎年、世界各国の建築家に贈られる最高の栄誉だ。 1979 年の創設以来、受賞者は54人。そのうち、日本人はなんと 9 人に上り、世界最多というから驚く。なぜ日本の建築家は、これほどまでに世界で評価されてきたのか―。
戦後日本の建築家は、がれきの中から未来を描いた。先頭に立ったのが平和記念公園 ( 広島市中区) や原爆資料館 ( 同) を手がけた丹下健三だ。会場では、都市を新陳代謝する生命体に見立てた丹下の構想を伝える。
――多党化した日本における政治風景ですが、2009年、民主党が衆議院で過半数を奪取して自民党から政権を奪った時、佐藤さんは当時の鈴木宗男先生が開催していた「大地塾」で、「これは山の中から山賊が都に出てきた時と同じことが起こる」とおっしゃっていました。
自公連立は崩壊。新たに自民・維新連立がスタート。日本は多党化時代に入った(写真:共同) ウクライナ戦争勃発から世界の構図は激変し、真新しい『シン世界地図』が日々、作り変えられている。この 連載 ...